2017年度学会賞

 2017年度の炭素材料学会学術賞,技術賞,研究奨励賞,論文賞の各賞は, 規定に基づき各選考委員会の厳正な審査により選出され,会長による評議員会への報告,評議員会の承認を経て,次のように決定されました。
 受賞者各位に対し,去る12月7日桐生市市民文化会館において開催の第44回 通常総会の席上にて表彰が行われました。会員の皆様にお知らせいたします。

学術賞

「エネルギー変換デバイス用炭素材料の基礎研究」
福塚友和 氏(京都大学大学院地球環境学堂 准教授)

 福塚友和氏は,主にエネルギー変換デバイス用炭素材料の基礎的研究に従事しており,特にリチウムイオン電池(LIB)で使われる炭素材料として,炭素負極および導電剤炭素に着目した研究を行ってきた。また,固体高分子形燃料電池(PEFC)の金属セパレータ材料被覆材としての炭素材料についても研究を展開して重要な成果を収めている。
 同氏はLIBを寒冷地でも使用可能にするためには,現行の炭酸エチレン系電解液から低融点の炭酸プロピレン(PC)系電解液に替えることが必要であることに注目した。PC系電解液を黒鉛負極に用いるためには,表面被膜(SEI)形成添加剤やリチウム塩の濃厚化が必要であるが,長寿命化,コストなどの課題があることから,黒鉛負極に使用できるPC系電解液の新しい設計指針として,多価カチオンやグライムの添加を考えた。これらはルイス酸あるいはルイス塩基として作用し,PC系電解液中でのリチウムイオンの溶媒和構造を変化させ,リチウム塩の濃厚化やSEI形成剤なしに,黒鉛へのリチウムイオンの挿入脱離を可能にすることを見いだした。さらに,黒鉛負極上でのSEIの形成過程を“その場”原子間力顕微鏡で詳細に調べることにより,このようなPC系電解液でのSEI形成過程も明らかにしている。また,同氏は電気自動車用LIBの急速充電には,内部抵抗低減が必要であることから,合剤電極の電子伝導性付与に必要不可欠な導電剤炭素に注目した。電極スラリーの電子伝導性評価手法を開発するとともに電極スラリーの電子伝導性の重要性を明らかにし,導電剤炭素のなかでもアセチレンブラックが黒鉛などよりなぜ優れた特性を示すのかを電子伝導性とレオロジー特性から明らかにしている。
 さらに同氏は従来から取り組んできたプラズマ化学気相析出法による炭素薄膜作製をPEFCに展開した。PEFC金属セパレータ材料としてステンレス鋼に注目し,高耐食性と高電子伝導性というステンレス鋼では両立できない特性を炭素薄膜被覆により達成可能であることを明確にした。
 以上のように,福塚友和氏はエネルギー変換デバイス用炭素材料について,材料合成から評価にわたって,独創的な発想で幅広く研究を進め大きな成果を上げていることから,同氏の業績は炭素材料学会学術賞に値すると判断できる。

研究奨励賞

「塩基性水系電解質における炭素材料の電気化学挙動に関する研究」
宮崎晃平 氏(京都大学大学院地球環境学堂 助教)

 電気エネルギーを化学エネルギーとして貯蔵可能な蓄電池が,高度情報化社会である現在において,重要な役割を担っており,信頼性および高容量化に対する期待がますます高まっている。蓄電池に用いられる材料のなかで,炭素材料は安価で資源的な制約が少ないことから,一次電池から二次電池まで幅広く利用されている。特に,水溶液をベースとした次世代型蓄電池では,デバイスの基本材料である炭素の電気化学挙動を明らかにすることは,電池内での反応メカニズムの解明や新たな電極反応系の構築の点で,きわめて重要な課題である。そのような中,宮崎晃平氏は,塩基性水溶液における炭素材料の電気化学挙動に関して,サイエンスの切り口から反応機構の解明と新たな電極反応の探索を行った。
 水系電解質を用いた次世代型蓄電池として金属空気二次電池が挙げられる。この電極触媒において,従来の反応メカニズムでは,酸化物触媒が酸素還元を駆動すると考えられたが,同氏はモデル電極を用いた研究により,炭素材料が酸素還元の触媒として機能することを見いだした。この知見は,炭素材料を用いた高活性触媒の構築に必要な設計指針となる成果である。また,従来の電解質に比べて,一桁程度高いイオン強度を有する塩基性水溶液において,黒鉛電極に水酸化物イオンが電気化学的に挿入脱離し,新たなアクセプター型黒鉛層間化合物を形成することを見いだした。水系電解質を用いた高エネルギー蓄電池構築につながる成果である。いずれの成果も,炭素材料の電気化学挙動に関する非常に有益な知見であり,国際的に熾烈な競争が行われている蓄電池分野において,炭素材料の重要性を高めることが期待される成果であることから,同氏の業績は炭素材料学会研究奨励賞に値すると判断できる。

技術賞

「膜沸騰(FB)法による低コス卜C/Cコンポジットの開発」
山内 宏 氏,宇田道正 氏,添田晴彦 氏(株式会社IHIエアロスペース)

 C/Cコンポジットの作製は,樹脂含浸・炭素化法と化学気相含浸法(CVI)の2つに大別されるが,いずれも緻密化に長い時間を要するという問題がある。膜沸騰法によるC/Cコンポジットの研究は,1997年にフランスのCEA・Le Ripault研究所(トゥール)のP. David博士,ならびにCNRS・Paul Pascal研究所(ボルドー)のP. Delhaes博士らが提案した方法である。1998年にP. Delhaes博士が来日した折に山内氏と面談して,同氏等の膜沸騰法の研究がスタートした。同氏らは,それから十数年この膜沸騰法の開発に携わり,独自の技術として,大型のC/C製ブレーキディスクの開発に成功した。
 技術の特徴として,一般のCVI法は原料ガスを希釈するか,減圧中下でガスを加熱して基材の炭素織物に炭素を沈積させることから,基材の細孔中への原料ガスの拡散が律速になるため時間がかかり,しかも原料ガス濃度の高い外表面に沈積しやすいため閉気孔となりやすいことから大型化が難しく高密度化には再含浸処理が必須とされていた。一方,膜沸騰法は,シクロヘキサンの液体中で基材を加熱して,揮発した100%の濃度のシクロヘキサンを用いることから沈積速度を速くすることができ,かつ試料の中心が高温であるため,試料内に温度勾配を作ることで内部から炭素を沈積させることができる。その結果,再含浸等の処理が不要となり,製品の作製時間を大幅に短縮できることになる。ただし,シクロヘキサン液中の炭素基材は1000°C以上である為,危険を伴うことから産業化は難しいと思われてきた。同氏等は,これらの課題をクリアして,現在では直径500 mmの大きさまで作製可能としている。加えて,蒸発したシクロヘキサンは還流器で回収できるので,これまでのCVI法に較べて原料コストを1/10に下げることにも成功した。
 このように,同氏等の「膜沸騰法による低コストC/Cコンポジットの開発技術」は間違いなく世界トップクラスであり,同氏等の業績は炭素材料学会技術賞に値するものと判断できる。

論文賞

「炭素繊維の断面形状の繊維軸方向の分布の測定と材料力学特性への影響」
(278号,pp. 111-117に掲載)
藤田和宏 氏a),岩下哲雄 氏a),北條正樹 氏b)
a)国立研究開発法人産業技術総合研究所,b)京都大学)

 本論文は,炭素繊維単繊維の断面形状およびその繊維軸方向の見かけの繊維径分布を自作の装置にて詳細に調べ,それらの分布が単繊維の引張特性やねじり弾性率に及ぼす影響について論じたものである。単繊維にHe-Neレーザーを一方向から当て,その回折光の強度変化から見かけの繊維径を求める従来装置に,上下の回転ステージを取り付けることで180°計測ができるよう改良を加え,繊維断面内の繊維径分布が軸方向に沿ってどのように変化しているのかを評価できるよう工夫している。その結果,今回対象とした2種の炭素繊維の見かけの繊維断面形状およびサイズの分布は軸方向に対してほぼ一様で,その向きのみが変化していることを明らかにした。この繊維形状を楕円断面と仮定すると,特にねじり弾性率の変動係数(分散)が小さくなり,円形から逸脱した断面形状を有する繊維の場合では,より信頼性の高い評価を行ううえで有用な仮定であることを報告している。このように,単繊維の力学的評価において不可欠な繊維形状の正確な評価方法・装置を提案し,地道な実験データの蓄積によって得られた本論文の成果は,研究の独創性,学術・技術的貢献度が顕著であり,また論文としての完成度も高いと認められたことから,炭素材料学会論文賞に十分値するものと判断される。

炭素材料学会年会ポスター賞

 炭素材料学会では,2004年(第31回)年会より年会ポスター賞を設けています。2017年(第44回)年会では学生諸君が発表したポスターを対象として,独創性・新規性,学術・技術的貢献度,発表者の理解度,ポスターとしての完成度(論理展開の妥当性・読みやすさ・表現の工夫度)などの項目について評価し,13件選考しました。ここに会員の皆様にお知らせいたします。

黒田彬央
東北大学大学院環境科学研究科先進社会環境学専攻 佐藤研究室
「金属・半導体型単層カーボンナノチューブを用いたオールカーボン電界型電子放出素子作製とその電界放出特性」

堀内明洋
群馬大学大学院理工学府環境創生理工学教育プログラム 尾崎研究室
「ゼオライトテンプレートカーボンのイオンセンシングチャネル材料への応用」

吉田奈央
大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻 西山研究室
「無溶媒条件下でのナノポーラスカーボンの合成と細孔構造制御」

増山貴裕
東北大学大学院工学研究科応用化学専攻 京谷研究室
「高結晶性の炭素ナノ薄膜で構成された ポーラスカーボンモノリスの作製」

藤倉孟司
群馬大学大学院理工学府環境創生理工学教育プログラム 尾崎研究室
「鉄化合物-フェノール樹脂からのナノシェル形成過程の解明」

天沼博耀
岩手大学大学院総合科学研究科理工学専攻 表面反応化学研究室
「黒鉛層間白金ナノシート触媒と超臨界二酸化炭素を用いるシンナムアルデヒドの選択的水素化反応」

渡辺裕貴
大分大学工学部応用化学科 豊田・津村研究室
「電界紡糸を用いた微細炭素繊維の調製と応用」

平松慎太
千葉大学工学部共生応用化学科 資源反応工学研究室
「ジグザグ及びアームチェアエッジの臭素化」

圓城寺祐介
千葉大学大学院融合理工学府先進理化学専攻 資源反応工学研究室
「アームチェアエッジを有する炭素材料の合成および構造解析」

戸澤恵介
群馬大学大学院理工学府環境創生理工学教育プログラム 尾崎研究室
「フェロセン-ポリ塩化ビニリデンより調製した炭素化物高い導電性発現メカニズムの解明」

長谷川英之
愛知工業大学大学院工学研究科材料化学専攻 エネルギー材料化学研究室
「TEMPO誘導体を細孔内部に高分散させた活性炭の高性能電気化学キャパシタ電極への応用」

澤野晃輝
愛知工業大学大学院工学研究科材料化学専攻 エネルギー材料化学研究室
「パルスCVI法を用いた木質炭素材料への熱分解炭素コーティングと構造評価及び電気化学特性評価」

吉井丈晴
大阪大学大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻 山下研究室
「活性点構造を制御したCo種を有するカーボン担持触媒の調製とその酸化反応特性」