2012年度学会賞は、選考委員会の厳正な審査を経て会長に答申がなされ、第39回通常総会の席上で賞の授与がなされました。ここに会員皆様にお知らせするとともに、受賞者と業績等をご紹介申し上げます。
学術賞
「B/C/N系およびC/N系ヘテロ原子置換型炭素材料の合成、物性と応用」
川口雅之氏(大阪電気通信大学 教授)
川口雅之氏は、ホウ素/炭素/窒素(B/C/N)系および炭素/窒素(C/N)系ヘテロ原子置換型炭素材料に関する開拓的研究を1991 年頃から始め、現在に至るまで一貫してこの分野の研究に携わってきた。
同氏はグラファイト様の層状構造を有するBCN、BC3NおよびBC6N組成の炭素材料の合成に初めて成功し、それらの材料が半導体的挙動を示すこと、グラファイトよりアルカリ金属をインターカレーションしやすいこと、リチウム電池負極材料として有用なことを見いだし、多くの論文を発表している。さらに最近、グラファイトにインターカレーションされにくいナトリウムや、インターカレーションの例がないマグネシウムがBC2N組成の材料にインターカレーションされることを見いだした。なおこれらのインターカレーションに関しては、ホスト材料の電子親和力と金属のイオン化エネルギーの関係が明らかにされている。
またC/N系材料については、C3N4、C2NおよびC3Nを合成することに成功し、窒素含有量の多いC3N4は高硬度や発光特性を示すこと、C2NとC3Nは活性炭とは異なり、低水蒸気圧下で水蒸気の吸着を示し、水溶液中で高いキャパシタンス(静電容量)を示すことなどを実証している。同氏のヘテロ原子置換型炭素材料の合成、物理的化学的性質および応用に関する研究は、キャパシタ用電極材料として最近注目を浴びているヘテロ原子置換型炭素材料に関する先駆的研究として高く評価することができる。
以上のように、川口雅之氏はB/C/N系およびC/N系ヘテロ原子置換型炭素材料に関する研究において大きな業績を上げており、炭素材料学会学術賞に値するものと判断した。
学術賞
「窒素含有炭素材料の創製および電極材料への展開」
児玉昌也氏(独立行政法人産業技術総合研究所 研究グループ長)
炭素の基本骨格中への異種元素の導入は、炭素材料の諸物性を制御する手段として有効である。窒素含有炭素に注目した児玉昌也氏は、種々のナノ構造をもつ材料の調製法の開発と、その電気化学キャパシタ用電極への応用に取り組んだ。
まず前者の窒素含有炭素について同氏は、キノリンピッチやメラミン等の窒素原子を有する出発物質を用い、テンプレート法などの構造制御手法を巧みに組み合わせることで、従来にない特徴を有する炭素材料を合成し、その評価を行った。たとえば、超薄膜状の窒素含有炭素、メソ孔が規則的に配列した窒素含有メソポーラス炭素、あるいは弾性をもつ窒素含有炭素フォームなどを創製し、それぞれの詳細な物性を明らかにした。
これらの材料は窒素原子の作用でユニークな諸特性を示すことから、広範囲での応用が期待されている。
また後者の電極への応用に関して、窒素含有炭素の表面積が小さいにもかかわらず、極めて大きなキャパシタンス(静電容量)が発現することを見いだしたことは、特筆すべき成果である。水系電解液中で数百F/gもの容量を発現する窒素含有炭素フォームでは、見かけ上単位面積あたりの容量が無限大となることも示し、キャパシタ電極における細孔構造と電解質イオン吸着の評価軸に大きな一石を投じた。これらの現象は、炭素中の窒素の作用によるレドックス反応に基づくものであり、それ以降世界的な拡がりを見せることになった窒 素含有炭素によるキャパシタ電極開発に先鞭をつけた極めて貴重な業績である。
このように児玉昌也氏の一連の研究業績は、新たな炭素材料を創製し、そのうえで実用的な蓄電デバイスであるキャパシタ電極への展開を世界に先駆けて行い、その性能を大きく向上させたものである。基礎的学術面と応用面の双方において炭素材料分野の発展に重要な貢献をした業績として高く評価でき、炭素材料学会学術賞に値すると判断できる。
研究奨励賞
「幾何学的・化学的変調によるグラフェンの物性に関する研究」
高井和之氏(東京工業大学大学院理工学研究科 助教)
高井和之氏は、端の導入などによる幾何学的変調とゲスト化学種の導入などによる化学的変調により生じるグラフェンの特異な電子物性の解明、およびこれらの知見に基づいた新規機能性の開拓を行い、多くの注目すべき成果を上げている。
同氏は、グラフェンの電子物性がゲスト化学種との間の機械的・電荷的・共有結合的な三つの相互作用により支配されることを明らかにした。また端の導入により局在スピン磁性をもつナノグラフェンネットワークに対して、ゲスト化学種としてカリウムを導入することにより非磁性元素からなる特異な磁性体を構築した。さらに同氏は、π電子の2次元的な幾何構造をもつグラフェンとは対照的にπ電子の3次元的な幾何構造をもつ物質を合成し、フェルミエネルギー付近の大きな状態密度が存在することを示した。またグラフェンに端を導入することにより生じた局在状態が電荷のリザーバーとして働き、化学活性を与えることを明らかにした成果は学術的価値が高いものである。最近ではFETデバイス構造を用いて、グラフェンとゲスト化学種の間の電荷移動反応のダイナミクスを外部電場で制御することにも成功している。
これらの研究成果はCarbon Conferenceなどの国内外の学会で発表されており、Carbon誌をはじめとした国内外の学術誌に多数公表されている。またこのような炭素材料の母物質ともいえるグラフェンの電子物性について幾何学的・化学的変調に基づく手法により明らかにした同氏の研究成果は、新たな機能性をもつ次世代の炭素材料を開拓していくうえで非常に重要なものとなっており、今後大きな波及効果が期待される。
以上、高井和之氏の研究業績は炭素材料に関する基礎的研究として高く評価されるものであり、炭素材料学会研究奨励賞に値する。
「炭素」論文賞
今回が第8回目で、炭素誌No.250号(2011年11月発刊)からNo.254号(2012年9月発刊)までの期間に掲載された論文・速報・ノート・総合論文・技術報告を対象として、独創性・新規性、学術・技術的貢献度、波及効果(社会的・産業界へのインパクトも含める)、論文としての完成度(論理展開の妥当性・読みやすさ・表現の工夫度)などの項目について編集委員会内に設置した選考委員会にて選考し、評議員会で決定いたしました。ここに会員の皆様にお知らせいたします。
なお、2013年度はNo.255 号(2012年11月発刊)からNo.259号(2013年9月発刊予定)までを対象として選考いたします。
炭素誌へ奮ってご投稿くださいますようお願い申し上げます。
炭素材料学会論文賞
植田 興、松尾吉晃
兵庫県立大学大学院物質系工学専攻
2段階法でシリル化した酸化黒鉛からのピラー化炭素の合成における水添加の効果
(掲載号:No.253、 pp.116-121)
推薦理由
本論文は、オクチルトリクロロシランならびに3-アミノプロピルトリエトキシシランを用いる2 段階法によってシリル化した酸化黒鉛からのピラー化炭素の合成に関するものである。2段階目の反応を高温で行うとシリル化反応がよく進行すると同時に酸化黒鉛の分解も起こる問題があるが、著者らは反応系に水を添加することで、3-アミノプロピルトリエトキシシランの加水分解反応によってシラノール基が生成するため酸化黒鉛のシリル化反応がより低温で進行することを見いだした。その結果、得られたシリル化酸化黒鉛を熱処理することで層間距離が1.55nm程度で、ミクロ孔の発達したピラー化炭素が得られることが明らかになった。ピラー化炭素のBET比表面積は2段階目のシリル化反応時の水添加量の増大とともに増加し、最大で500m2g-1達することは興味深い。以上により、本論文は学術的貢献度が大きく、論文賞に値すると判断した。
炭素材料学会論文賞
Yoshihiro Hishiyamaa)、 Akira Yoshidab) and Yutaka Kaburagic)
a)Professor Emeritus、 Tokyo City University
b)Advanced Research Laboratory、 Tokyo City University
c)Faculty of Engineering、 Tokyo City University
Crystal-grain size、 phonon and carrier mean free paths in the basal plane、 and carrier density of graphite films prepared from aromatic polyimide films
(掲載号:No.254、 pp.176-186)
推薦理由
本論文はポリイミド由来の黒鉛薄膜試料について、既報の結果も含めて、黒鉛基底面方向に関する電気伝導度、熱伝導度などを見積もったものである。これにより、フォノンおよび電子輸送において試料を構成する結晶粒の平均径が単結晶黒鉛における平均自由行程に比べて小さい場合に粒界散乱が支配的となることを明らかにした。また、電子輸送のキャリア密度は結晶性の高い試料では単結晶黒鉛の値と同等の値をとり、結晶性低下につれて減少することを見いだした。本論文は著者らがこれまで長年にわたり詳細に検討してきた熱分解黒鉛試料について、比較的黒鉛化が未発達な条件のものから黒鉛化が進行したものまで広範囲にわたり、X線回折によって評価した構造とグラファイト基底面方向に関するさまざまな輸送物性値の間の相関を系統的かつ包括的にまとめた研究であり、学術的な進展に貢献するところが大きい。また、最近急速に進展しつつあるCVDなどのさまざまな方法で作製されたグラフェン試料についての研究との関連性も今後、興味深い展開が期待される。以上により、論文賞に値すると判断した。
炭素材料学会年会ポスター賞
炭素材料学会では、2004年(第31 回)年会より年会ポスター賞を設けています。2012年(第39回)年会では学生諸君が発表したポスターを対象として、独創性・新規性、学術・技術的貢献度、発表者の理解度、ポスターとしての完成度(論理展開の妥当性・読みやすさ・表現の工夫度)などの項目について評価し、3件選考しました。ここに会員の皆様にお知らせいたします。
天野泰至
兵庫県立大学大学院 工学研究科 物質系工学専攻 村松研究室
「放射光軟X 線吸収分光法によるヘモグロビン由来炭素材料の局所構造解析」
粕壁隆敏
東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 京谷研究室
「フラーレンを包接した環状ポルフィリン二量体の一次元ナノ細孔への導入」
高木英一
信州大学大学院 工学系研究科 素材開発化学専攻 服部研究室
「ポーラスカーボンナノシートの細孔構造と電気二重層キャパシタ特性」