2010年度学会賞

 2010年度学会賞は、 選考委員会の厳正な審査を経て会長に答申がなされ、 第37回通常総会の席上で賞の授与がなされました。ここに会員皆様にお知らせするとともに、 受賞者と業績等をご紹介申し上げます。

学術賞

「アルカリ金属を含む三元系黒鉛層間化合物に関する基礎研究」
阿久沢 昇 氏(東京工業高等専門学校・物質工学科 教授)

 阿久沢 昇氏は、 黒鉛層間化合物、 特にアルカリ金属と他種分子による三元系黒鉛層間化合物の合成、 構造および物性に関する詳細な研究に取り組んできた。その研究過程で、 アルカリ金属と有機分子や水素との相互作用、 インターカレーション機構の解明など、 以下のように多くの成果をあげている。
 阿久沢氏は、 グラファイトにアルカリ金属と種々の分子を同時にインターカレートした三元系層間化合物を中心に研究を進めてきた。例えば、 セシウム-黒鉛層間化合物の生成に対するホスト炭素材料の影響について研究するとともに、 それらの化合物とアンモニア、 エチレン、 アセチレン、 水素、 重水素などのガスとの反応について詳細な研究を行い、 アルカリ金属原子とガス分子との相互作用、 インターカレーション機構等を解明した。また、 研究手段についても同氏の専門分野である化学の枠を超えて、 in-situ X線回折、 ラマン分光、 X線分光、 さらには電磁物性の測定など広い範囲の手段を積極的に取り入れ問題の解決に繋げている。
 同氏は上記のような基礎研究を基に、 溶融塩電解によるアルミニウムの製造に関して、 カソード黒鉛へ溶融塩中に存在するナトリウムなどがインターカレーションし電気抵抗率を大きく変化させることを見出した。さらに同氏は、 この結果に基づきカソードの劣化予知を可能にするなど、 産業界にも貢献している。
 黒鉛層間化合物に関する研究分野では、 高い導電性、 水素吸蔵、 超伝導など、 応用分野の注目を引く話題が生じ、 多くの研究が行われてきたが、 話題の盛衰とともに研究者の増減も激しい。このような世界的風潮の中で、 同氏が終始冷静に黒鉛層間化合物と向き合い、 応用を視野に入れながら化学の視点に立った基礎研究を続けていることは、 同分野の広く深い学術的蓄積に多大な貢献をするとともに、 関連分野の研究者・技術者等に好影響を与えている。
 以上より、 同氏の業績は基礎研究を中心とするものであるが、 社会・産業界に対しても高い波及効果を有しており、 学術的・技術的な観点からも炭素材料学会学術賞に値するものと判断される。

研究奨励賞

「ナノカーボンの合成とエネルギー貯蔵への応用に関する研究」
西原洋知 氏(東北大学多元物質科学研究所 助教)

 西原洋知氏はカーボンゲル、 ゼオライト鋳型炭素、 炭素被覆無機多孔体などの、 ナノ構造の制御された新規な炭素材料の合成とその構造解析に取り組むとともに、 これらの材料の電気二重層キャパシタ用電極、 水素貯蔵材料等のエネルギー貯蔵能について精力的に検討し多くの注目すべき成果を上げている。これらの成果は国内外の学会で発表されるとともに「Carbon」誌をはじめとした国内外の学術誌に多数公表されている。
 西原洋知氏の研究のなかでも、 さまざまな分光法を駆使するなどしてゼオライト鋳型炭素の分子構造が約1 nm程度の帯状グラフェンが規則性三次元ネットワークを形成したものであることを明らかにしたこと、 この知見をもとに炭素のナノ構造が電気二重層容量や水素吸蔵能に及ぼす影響を精密に議論することで、 これらの用途におけるミクロ孔性炭素の理想構造を提案した点は非常に学術的価値が高いと言える。
 また、 西原洋知氏は有機物による表面修飾反応を利用することでメソポーラスシリカなどの無機多孔体の表面をグラフェンシート1~2枚分のきわめて薄い炭素層で完全に被覆する技術を開発し、 これらに導電性、 耐食性、 疎水性を付与することに成功している。さらに、 CVD法により炭素被覆した無機多孔体の電気化学キャパシタ特性を検討し、 窒素やホウ素をドープした場合の容量増加が主に疑似容量の発現によるものであることを示したことも特筆すべき成果である。
 これらの成果は、 ナノ構造が制御された炭素材料を精密に設計し、 エネルギー貯蔵材料として実用化していくうえで非常に重要なものであり、 今後のさらなる展開が期待される。以上により、 西原洋知氏は炭素材料学会研究奨励賞に値すると判断された。

「炭素」論文賞

 今回が第6回目で、 炭素誌No.240号(2009年11月発刊)からNo.244号(2010年9月発刊)までの期間に掲載された論文・速報・ノート・総合論文・技術報告を対象として、 独創性・新規性、 学術・技術的貢献、 波及効果(社会的・産業界へのインパクトも含める)、 論文としての完成度(論理展開の妥当性・読みやすさ・表現の工夫度)などの項目について編集委員会で選考し、 運営委員会で決定いたしました。ここに会員の皆様にお知らせいたします。
なお、 2011年度はNo.245号(2010年11月発刊)からNo.249号(2011年9月発刊予定)までを対象として選考いたします。
 炭素誌へ奮ってご投稿くださいますようお願い申し上げます。

炭素材料学会論文賞

岡山玲子a)、 天野佳正a)、b)、 町田 基a)、b)
a)千葉大学大学院工学研究科
b)千葉大学総合安全衛生管理機構
「活性炭表面上の窒素が銅(Ⅱ)イオンの吸着に及ぼす影響」
(No.242号に掲載)

受賞理由
 本論文は石炭系活性炭について硝酸酸化およびアンモニア気流中で熱処理することによって窒素官能基を導入し、 その化学結合状態や含有量と水溶液中での銅イオン吸着特性との関連を詳細に検討したものである。熱処理や酸化処理などの前処理を行うことにより、 アンモニア処理による窒素導入量は含酸素官能基量に比例することを見出した。また、 窒素の化学結合状態をXPSにより定量し、 ニトリル、 ピリジン、 アミン窒素などの遊離塩基性窒素と銅イオン吸着量の相関が高いこと、 第4級窒素とは相互作用をもちにくいことなどの結論を導いた。これらの知見は学術的に重要であるのみならず、 酸性廃液からの重金属除去などの工業的技術おいて、 活性炭の高度利用に資する基礎的知見を提供するものであり、 論文賞として評価することが相応しいと判断した。

森下隆広a)、 王 立紅b)、 津村朋樹c)、 豊田昌宏c)、 金野英隆d)、 稲垣道夫e)
a)東洋炭素㈱技術開発本部
b)大同メタル工業㈱中央研究所
c)大分大学工学部
d)北海道大学大学院工学研究科
e)北海道大学名誉教授
「MgO鋳型カーボンの細孔構造と応用」
(No.242号に掲載)

受賞理由
 本論文は、 MgO鋳型カーボンの合成と、 メソ孔、 ミクロ孔の生成機構、 これら細孔が各種応用・用途において果たす役割などを総括的に論じたものである。メソ孔がMgO粒子を鋳型として生成し、 MgO前駆体を選択することによって制御できること、 ミクロ孔の生成はカーボン前駆体およびその炭素化条件に依存することなどを明らかにしており、 学術的観点から大変興味深い知見が得られている。また、 水系および非水系電解質を用いた電気化学キャパシタのレート特性に対して、 電極として用いたMgO鋳型カーボン中のメソ孔が重要な役割を果たしていること、 メソポーラスMgO鋳型カーボンは大量のガソリン蒸気を吸着することなどを見出しており、 本材料が各種用途に広く応用される可能性を期待させる。以上のように、 本論文は、 学術的貢献度、 ならびに産業界への波及効果が高く、 論文としての完成度も高いと認められ、 論文賞に値するものと判断した。

炭素材料学会年会ポスター賞

 炭素材料学会では、 2004年(第31回)年会より年会ポスター賞を設けています。2010年(第37回)年会では学生諸君が発表したポスターを対象として、 独創性・新規性、 学術・技術的貢献度、 波及効果(社会的・産業界へのインパクトも含める)、 ポスターとしての完成度(論理展開の妥当性・読みやすさ・表現の工夫度)などの項目について評価し、 5件選考しました。ここに会員の皆様にお知らせいたします。

廣岡宏治
山梨大学大学院 医学工学総合教育部 応用化学専攻 宮嶋研究室
「多糖類から調製した炭素体のエチレン吸着特性」

三村泰斗
兵庫県立大学大学院 工学研究科 物質系工学専攻 松尾研究室
「グラフェン系炭素薄膜を用いた太陽電池の作製」

山際清史
東京理科大学大学院 総合化学研究科 総合化学専攻 桑野研究室
「配向カーボンナノチューブ担持白金触媒の液相合成」

小野公徳
東北大学大学院 工学研究科 化学工学専攻 三浦研究室
「炉内温度がカーボンブラックの形態に及ぼす影響に関する実験的検討」

Khanin Nueangnoraj
東北大学大学院 工学研究科 応用化学専攻 京谷研究室
「A possible structure of negatively curved graphene-network formed inside the zeolite nanochannels」