2009年度学会賞

 2009年度学会賞は、選考委員会の厳正な審査を経て会長に答申がなされ、第36回通常総会の席上で賞の授与がなされました。ここに会員皆様にお知らせするとともに、受賞者と業績等をご紹介申し上げます。

学術賞

「リチウムイオン電池用負極炭素材料に関する研究」
安部武志氏(京都大学大学院工学研究科教授)

 ハイブリッドカーや電気自動車用の電源として高出力のリチウムイオン電池の利用が進められており、そのための安全性、高速充放電特性、低温特性などの大幅な性能向上が要求されている。安部武志氏はリチウムイオン電池負極炭素材料に関する研究において次のような優れた業績をあげ、注目を浴びている。安部武志氏は炭素材料負極へのリチウムイオンの電気化学的挿入・脱離反応を電気化学的手法、分光学的手法などを用いて解析し、リチウムイオンの溶媒和分子の脱溶媒和過程が電極反応速度および電極特性に重要な役割を果たすことを明らかにした。種々の有機溶媒、特に実用的に重要なプロピレンカーボネートを用いて解析を進め、リチウムイオンに対する溶媒和エネルギーの大きさが負極炭素材料の電極特性に及ぼす重要な因子であることを示した。この基礎的解析結果を基にして種々の炭素材料を探索し、表面が底面で覆われたカーボンナノビーズが新しい負極炭素材料として有望なことを示し、負極炭素材料の設計指針を与えた。すなわち、カーボンナノビーズは表面が底面で覆われているため溶媒分解による表面被膜の成長が抑制されて抵抗が減少し、その結果、不可逆容量が小さく、大電流を取り出すことが可能であることを示した。安部武志氏はこれらの研究に先立って、プロピレンカーボネート系電解液中における黒鉛電極へのリチウムイオンの挿入過程を詳細に調べ、溶媒和したリチウムイオンの黒鉛層間への挿入により黒鉛層が剥離する機構を明らかにして、最近の新しい研究へ発展させている。

研究奨励賞

「黒鉛層間化合物の合成と物性に関する研究」
松本里香氏(東京工芸大学工学部准教授)

 松本里香氏は、黒鉛層間化合物(以下GICと略記)の合成と物性に関する研究において顕著な業績を上げている。特にアルカリ金属-エチレン-黒鉛三元系層間化合物の合成、構造、電気伝導率、熱電特性、空気中安定性、ドナー型GIC(K-、Cs-、 Li-GICs)およびアクセプター型GIC(CuCl2-、MoCl5-GICs)の電気伝導率、ホール電圧、磁気抵抗、キャリア密度と移動度など、電子物性に関する研究において大きな成果を挙げている。例えば、熱起電力と熱伝導率を測定し、電気伝導率はキャリア密度の増加とともにわずかに増えること、熱伝導率はキャリア移動度の増加とともに上がることを明らかにし、さらにGICの熱電特性はキャリア密度の増加(インターカレート密度の増加)によって改善されることを見出した。また、超伝導を示すことで一躍脚光を浴びることとなったCa-GICの合成にも果敢に挑戦して、きわめて精密な合成方法を開発し、ホスト効果を中心に興味深い結果を報告している。これらの研究成果は炭素材料学会年会、カーボン国際会議などで発表されており、「炭素」誌および国際的な学術誌などに公表されている。このように、松本里香氏は、一貫してGICの合成と電子物性の研究を続け、 三元系、ドナー型、アクセプター型化合物に関するきわめて興味ある研究成果を得ており、基礎研究の立場から炭素材料科学の研究に大きく貢献してきた。
 以上、松本里香氏の研究業績は、炭素材料に関する基礎的研究として高く評価されるものであり、炭素材料学会研究奨励賞に値すると判断される。

技術賞

「パンタグラフすり板用炭素材料の磨耗特性評価と炭素繊維強化炭素複合材料のすり板への応用」
久保俊一氏(財団法人鉄道総合技術研究所部長)
土屋広志氏(財団法人鉄道総合技術研究所主任研究員)

 久保俊一氏と土屋広志氏は、従来の焼結金属に代えトロリ線の摩耗が少ない炭素材料がパンタグラフすり板に使われ始めた状況の中、炭素材料すり板の普及の原動力となる摩耗特性の評価方法を確立した。さらに、より強度の高い炭素繊維強化炭素複合材料〔C/C複合材〕に着目し、パンタグラフすり板として実用化し、工業的にも成果を挙げた。久保俊一氏と土屋広志氏は、すり板用炭素材料の摩耗特性の評価方法が明確ではなかったことに着目し、定置実験装置と実車での摩耗実験を体系的に行った。その結果、すり板用炭素材料を実車で使用した際の摩耗率が、すり板とトロリ線が瞬間的に離れて発生するアーク放電の累積エネルギー値に比例することを明確にし、定置実験装置での摩耗特性の評価方法を確立した。これらの成果により、炭素材料製造者が試作したすり板用炭素材料の実車での摩耗特性を、定置実験装置により簡便に推定することが可能となり、材料開発の効率を高めることができた。次いで、両氏は高速車両で使用する際に懸念される脆性を改善するために、C/C複合材の適用について検討し、すり板に必要な導電性と耐摩耗性を得るため、C/C複合材に銅合金を溶浸することを考案した。この製造方法による銅チタン合金溶浸C/C 複合材を前述の方法で評価し、すり板としての実用性を示した。さらに、パンタグラフへの実装を容易にするため、C/C複合材に雌ねじ加工し直接取り付けることを考案し、実車での試験により耐久性が十分であることを示した。これらの成果により、C/C複合材すり板材料は、装着が容易で、しかも軽量化が可能になり、現在では鉄道各社で採用されるに至った。
 以上、久保俊一氏と土屋広志氏の成果は、産業界への高い波及効果を有するもので、学術的・技術的な観点から炭素材料学会技術賞に値すると判断される。

「炭素」論文賞

 今回が第5 回目で、炭素誌No.235号(2008年11月発刊)からNo.239号(2009年9月発刊)までの期間に掲載された論文・速報・ノート・総合論文・技術報告を対象として、独創性・新規性、学術・技術的貢献、波及効果(社会的・産業界へのインパクトも含める)、論文としての完成度(論理展開の妥当性・読みやすさ・表現の工夫度)などの項目について編集委員会で選考し、運営委員会で決定いたしました。ここに会員の皆様にお知らせいたします。 なお、2010年度はNo.240号(2009年11月発刊)からNo.244号(2010年9月発刊予定)までを対象として選考いたします。 炭素誌へ奮ってご投稿くださいますようお願い申し上げます。

炭素材料学会論文賞

鷹林 将*、 岡本圭司*、**、中谷達行** 、坂上弘之*、高萩隆行*
* 広島大学大学院先端物質科学研究科
**トーヨーエイテック㈱
「X線光電子分光法を用いたダイヤモンドライクカーボンの化学構造解析」
(No.235号に掲載)

受賞理由
 本論文はダイヤモンドライクカーボン(DLC)薄膜を角度分解X線光電子分光法(AR-XPS)により詳細に解析し、その化学構造を論じたものである。著者らは、まずDLC薄膜の2層構造モデルを提案し、C1sスペクトルがバルク層sp2、バルク層sp3、表面層sp2、表面層sp3の4つの成分によって構成されるものとして成分解析を行った。さらに水素導入量の異なるDLC薄膜を調製し、AR-XPS によりC1sスペクトルを詳しく調べた結果などを基に、それら4成分がC-Csp3炭素、C-Csp2炭素、H-Csp2炭素、H-Csp3に対応することを明らかにした。DLCは工業材料として広く利用されているが、詳細な化学構造解析は困難を伴い、これまで明確な解析が行われてこなかった。ゆえに本研究は学術的貢献度だけでなく産業界への貢献度も高いと認められ、論文賞に値するものと判断した。

炭素材料学会年会ポスター賞

 炭素材料学会では、2004年(第31回)年会より年会ポスター賞を設けています。2009年(第36回)年会では学生諸君が発表したポスターを対象として、独創性・新規性、学術・技術的貢献度、波及効果(社会的・産業界へのインパクトも含める)、ポスターとしての完成度(論理展開の妥当性・読みやすさ・表現の工夫度)などの項目について評価し、3件選考しました。ここに会員の皆様にお知らせいたします。

糸井弘行
東北大学大学院工学研究科応用化学専攻京谷研究室
「ゼオライト鋳型炭素へのヘテロ原子ドーピング」

宮野真一
兵庫県立大学大学院工学研究科物質系工学専攻杉江研究室
「炭素薄膜被覆ステンレス鋼の耐食性と表面状態の関係」

山口創一
群馬大学大学院工学研究科応用化学・生物化学専攻
「酸性電解液における活性炭ナノ繊維電極の電気化学水晶振動子マイクロバランス法による分析」