2023年度学会賞

2023年度の炭素材料学会学術賞、技術賞、研究奨励賞、論文賞の各賞は、規定に基づき各選考委員会の厳正な審査により選出され、会長による評議員会への報告、評議員会の承認を経て、次のように決定されました。受賞者各位に対し、去る11月29日に開催の第50回通常総会にて表彰が行われました。会員の皆様にお知らせいたします。

学術賞

「単層グラフェン多孔体に関する研究」
西原洋知氏(東北大学材料科学高等研究所 教授)

西原洋知氏は,ゼオライト鋳型炭素(ZTC)のエネルギー貯蔵に関連した応用研究に取り組み,多数の学術的成果を上げてきた。ZTC の構造解明に独自の視点を注ぎ,多様な構造解析手法と計算科学的アプローチを組み合わせ,ZTC の骨格がグラフェンナノリボン様の単層グラフェンから成ることを明らかにした。ZTC の構造モデルはCIF ファイルの形で一般に公開されており,炭素ナノ多孔体の科学の発展に大きく貢献している。ZTC の特異な単層グラフェン骨格から着想を得て,単層グラフェンから成る新規ナノ多孔体の合成に取り組み,メソ多孔性でありエッジサイトが殆ど無いグラフェンメソスポンジ(GMS)を作り出した。GMS は高耐久性の電極材として極めて有望であることから,大学発ベンチャー企業「3DC」を設立し,GMS の社会実装を進めている。また,緻密に構造設計した金属錯体分子を焼成することで,分子レベルの構造と規則性を維持し,単金属サイトを単層グラフェン骨格に埋め込んだ規則性炭素化物構造体(OCF)を初めて合成し,CO2 選択還元等の新規電極触媒としての応用展開を進めている。同氏はこれら一連の材料を単層グラフェン多孔体と定義し,その特異的柔軟性を利用した新型の気液相転移手法を見出すなど,材料科学の新領域の開拓に成功し,精力的に研究を展開している。以上のことから,同氏は炭素材料科学の分野で国際的に大きなインパクトを与えるなど,その研究成果は炭素材料学会を代表するものとして相応しく,その業績は炭素材料学会学術賞に値する。

学術賞

「炭素材料の構造制御と高精度構造解析」
山田泰弘氏(千葉大学 准教授)

山田泰弘氏は,構造制御された炭素材料を合成するための原料のスクリーニング法を検討し,計算により構造制御可能な原料を推定する方法を提案した。この方法を利用し,多数の多環芳香族分子類を原料として熱分解することにより,エッジの位相幾何学的構造を制御した炭素材料を合成した。また,炭素化の進行状態やエッジの異なる結合状態を区別し,炭素材料の構造とX線光電子分光分析(XPS)や赤外分光分析(IR)のピーク位置との関係を明らかにした。これらの手法を炭素以外の材料にも応用し,いくつかの新たな知見を得ている。燃焼法による元素分析および計算科学手法によるシミュレーション結果と実測のXPSスペクトルを比較することにより,含窒素炭素材料の高精度解析や,6員環と5員環の割合の定量化法を示した。炭素材料のIRスペクトルにおいて,ジグザグ,アームチェア,その他のエッジのsp2C-Hの面内伸縮振動と面外変角振動のピークと各ピークの吸収係数を組合せることで,定量分析を試みた。さらに,反応分子動力学計算から得られた炭素化後の構造を用いてXPSやIR,Ramanのスペクトル計算を行い,複雑な炭素材料の構造を比較的短時間で高精度に解析する方法を提案した。以上のように,同氏は炭素材料の構造制御や構造解析において数多くの重要な研究結果を示しており,これらの業績は炭素材料学会学術賞に値する。

論文賞

「The temperature increase in carbon materials during magic-angle spinning solid-state nuclear magnetic resonance measurements」
Koichiro Hataa), Keiko Idetab), Shigemi Todac), Koji Nakabayashia),b), Isao Mochidab), Seong-Ho Yoona),b) and Jin Miyawakia),b) ,*
(Carbon Reports Vol.2 No.3 pp.179-184に掲載)
a) Interdisciplinary Graduate School of Engineering Sciences, Kyushu University
b) Institute for Materials Chemistry and Engineering, Kyushu University
c) Tokai Carbon Co., Ltd.

本論文は,固体NMR法でカーボン材料を測定した際に発生する渦電流(Eddy current)が,サンプル温度変化へ及ぼす影響について系統的に検討したものである。カーボンを電極用途とした場合,実作動時の電極内部の環境変化を直接測定する手法にin-situあるいはオペランド固体NMR測定法がある。これらは電極デバイスの性能向上に関する情報の獲得や充放電メカニズムの動力学的な解明に極めて有効な手法である。通常,固体材料のNMR測定では,永久磁場下でサンプルを高速で回転させる(~10 kHz)ため,電気伝導性の高いカーボンを含む電極サンプルを測定すると,渦電流が発生してサンプル温度が上昇する。このことは実測定時の環境解析を困難にするだけなく,電解液の熱分解で測定セルが破損しNMR装置にダメージを与える恐れがある。そのため,カーボン材料の諸物性とNMR測定時の渦電流/温度変化との関連性の検討は,カーボン電極設計の有益な指針・知見となる。著者らは,NMRケミカルシフトと測定温度との関係が既知な207Pb固体NMR測定に着目し,カーボン材料に10 wt%のPb(NO3)2を混合したサンプルについて207Pb固体NMR測定を試みた。カーボン材料には,酸化・還元処理した数種のカーボンブラックと活性炭を用い,各試料特性とNMR測定時の温度上昇との相関について検討した。その結果,各サンプルのNMRケミカルシフト変化から予測される温度変化に対して,ラマン強度比ID/IG,学振法から得たd002値,およびN2吸着による比表面積などの因子との間には明確な関係性がないものの,試料の酸素含有量との間には負の相関があることを見出した。酸素含有量,すなわち含酸素官能基の電子吸引性が増加すると炭素六角網面の電子密度が低下し,これが渦電流発生を抑制し温度上昇への寄与を減ずると論じている。Pbをプローブとすることで,サンプルの酸素含有率から固体NMR測定時の温度上昇率を推測できるだけでなく,反対にサンプル中の含酸素官能基の半定量的解釈に本法が利用できる点は,学術的貢献度の高い研究成果である。以上のように本論文は,研究の着眼点にオリジナリティがあることに加え,緻密なデータ解析と深い議論が行われており論文としての完成度も高いことから,炭素材料学会論文賞として適当と判断される。

「Pore-size control of soft mesoporous carbon by hot pressing」
Kazuya Kanamarua), Masashi Itob),c), Masanobu Uchimurab), Yasushi Ichikawab), Kazuki Soneb), Ami Ikurab) and Hirotomo Nishiharaa),c) ,*
(Carbon Reports Vol. 1, No.4 pp.214-222に掲載)
a) Institute of Multidisciplinary Research for Advanced Materials, Tohoku University
b) Advanced Materials and Processing Laboratory, Research Division, Nissan Motor Co., Ltd.
c) Advanced Institute for Materials Research, Tohoku University

本論文は,ランダムに配向したグラフェン成分を主骨格とするメソ多孔性カーボン(Carbon mesosponge: CMS)をホットプレスすることにより,CMS由来の細孔構造がプレス荷重に依存して変化することを見出し,その細孔径変化と炭素微細組織の結晶性およびエッジ面の変性との関係性について議論している。著者らのグループがこれまで主導してきたCMSは,鋳型法由来の精密な細孔径設計が可能であるとともに,従来の多孔質カーボンには無い低い体積弾性率を有した炭素構造を特徴とする。本論文では,ホットプレス法(600 oC)による機械的圧縮にて,このCMSの柔軟性を活かして元の空隙が調整可能かを検証している。その結果,荷重の増加とともにCMSの細孔径は特にメソ孔径領域内で連続的に減少(7.36 → 2.19 nm)し,単純な機械的な外力で細孔径を調整できることを見出した。また,20 MPa以下の低荷重では,CMS合成時の異相(例えば,弱く積層したグラフェン層)が剥離することで比表面積の増加が起こるのに対して,30 MPa以上では反対にグラフェンの積層化が進むことで比表面積の低下とエッジサイトの様相が変化するが, CMS特有の柔軟性は保持されると結論付けている。カーボン材料の細孔径制御には検討すべき設計因子が多く,高品質を満足する合成条件の最適化が困難であり多大な労力を必要とするが,単純なホットプレスにより特に種々の物質輸送に有効なメソ孔領域の細孔制御を可能とする点で,本法は極めて興味深い。以上のように本論文は,ホットプレスによるCMSの細孔構造変化をガス吸着や水銀圧入法による細孔構造解析と昇温脱離分析による分子構造解析を併用することで,分子論的立場でプレス時の空間変化を深く議論しており論文としての完成度も高い。今後,CMSのユニークなバルク特性から多分野での材料用途が大いに期待できることから,炭素材料科学への貢献も大きく,炭素材料学会論文賞に十分値すると判断される。

炭素材料学会年会ポスター賞・学生優秀口頭発表賞表彰

炭素材料学会では, 2004 年(第31 回)年会より年会ポスター賞を設けています。また、2019年(第46回)より学生優秀口頭発表賞も新たに設けました。2023年(第50回)年会では学生諸君が発表したポスターおよび口頭発表を対象として, 独創性・新規性, 学術・技術的貢献度, 発表者の理解度, ポスターとしての完成度(論理展開の妥当性・読みやすさ・表現の工夫度)あるいは口頭発表スライドの完成度(論理展開の妥当性・見やすさ・表現の工夫度)などの項目について評価し, ポスター賞8件、優秀口頭発表賞6件を選考しました。ここに会員の皆様にお知らせいたします。

【ポスター賞】
飯塚 椋
青山学院大学大学院 理工学研究科 理工学専攻 黄研究室
「電気化学発光免疫分析に向けた多孔質セルロース/グラフェン積層膜の作製と評価」

王 鵬
東北大学大学院 多元物質科学研究所 西原研究室
「Biocompatibility of size-controllable giant hollow carbon tubes modified by surfactant」

金野裕太
山形大学大学院 有機材料システム研究科 有機材料システム専攻 沖本研究室
「バイポーラ電気化学による化学修飾グラフェンの作製」

石原啓伍
京都工芸繊維大学大学院 工芸科学研究科 材料創製化学専攻 ナノ物性化学研究室
「導電性高分子の複合による半導体性カーボンナノチューブの再構成と熱電変換特性向上」

鑓水星奈
大阪大学大学院 薬学研究科 医療薬学専攻 生体構造機能分析学分野
「生体分子親和性の向上に資するグリッド上グラフェン膜の機能化」

國領伸哉
大阪大学大学院 基礎工学研究科 物質創成専攻 西山研究室
「含窒素ポリマーの接触分解反応中にゼオライト上に堆積したコークの酸素還元反応への利用」

網野柚貴
名古屋工業大学大学院 工学研究科 工学専攻生命・応用化学系プログラム 川崎・石井研究室
「化学修飾グラファイト状窒化炭素を利用した二酸化炭素還元光触媒」

西田和生
静岡大学大学院 総合科学技術研究科 工学専攻 電子物質科学コース 井上研究室
「金属基板上へ合成した高密度CNTフォレストの電気伝導メカニズム」

【優秀口頭発表賞】
林田健志
筑波大学大学院 数理物質科学研究群 国際マテリアルズイノベーション学位プログラム 武安研究室
「窒素ドープカーボン燃料電池電極触媒におけるピリジン型窒素の役目」

吉田和紘
京都工芸繊維大学大学院 工芸科学研究科 材料創製化学専攻 ナノ物性化学研究室
「半導体性カーボンナノチューブの極性有機溶媒への抽出」

熊野圭悟
横浜国立大学大学院 理工学府 化学・生命系理工学専攻 窪田・稲垣研究室
「アントラキノンを固定化した酸化グラフェンの電気化学的CO2吸脱着システムへの応用」

辻本尚大
京都大学大学院 工学研究科 物質エネルギー化学専攻 安部研究室
「難黒鉛化性炭素の熱処理温度が界面ナトリウムイオン移動反応に与える影響」

内藤 遥
群馬大学大学院 物質・生命理工学教育プログラム 炭素材料電極化学研究室
「単層カーボンナノチューブを用いたリチウム空気電池正極の触媒構造変化追跡」

井上 拳
横浜市立大学大学院 生命ナノシステム科学研究科 物質システム科学専攻 橘研究室
「熱分解法による天然物由来カーボン量子ドットの作製と蛍光特性」