2022年度学会賞

 2022 年度の炭素材料学会学術賞,技術賞,研究奨励賞,論文賞の各賞は,規定に基づき各選考委員会の厳正な審査により選出され,会長による評議員会への報告,評議員会の承認を経て,次のように決定されました。受賞者各位に対し,去る12 月8 日に開催の第49 回通常総会にて表彰が行われました。会員の皆様にお知らせいたします。

学術賞

「グラフェンの視点にもとづいた炭素材料の機能化に関する研究」
髙井和之 氏(法政大学 生命科学部環境応用化学科 教授)

 高井和之氏はグラフェンの基礎的な物理・化学に関する知見にもとづいた材料設計に従事しており,特に異種物質との間のホスト−ゲスト相互作用や半導体工学的手法を通じた,電気的,機械的,位相幾何学的な変調によりグラフェンの電気伝導性,磁性,化学反応性を自在に制御可能であることを示し,炭素材料を電子デバイス,磁性体,触媒などに資する機能性材料として用いるための基礎的研究に関して多くの重要な成果を収めている。実際,独自の犠牲層形成手法を用いたグラフェンに対するN/Bイオンビームの照射によりキャリアの不純物散乱を極力抑えながら電子/ ホールを注入することや,酸素含有官能基の付加反応の制御により磁性グラフェンと非磁性グラフェンを作り分けることを実現し,さらにグラフェンにおいて触媒活性を担う電子状態がスピン磁性と相関があることを示した。また,グラフェンネットワークを持つ多孔質炭素中におけるドーピングが電気化学的過程にもとづいており,外部電場によって制御可能なことを明らかにした。加えて,半導体微細加工技術やレーザーアブレーションと熱処理により作製したナノグラフェン試料を用いて,特異な量子振動や,Ramanスペクトルと結晶子サイズの関係における励起光依存性を示す一般式も見出している。一方,最近ではダイヤモンドやグラフェン類似構造を持つ2 次元物質の研究にも従事しており,成果を挙げている。 以上のように,同氏は炭素材料の基本骨格であるグラフェンの物理的・化学的性質が蜂の巣格子を形成する2 つの副格子の対称性や界面におけるわずかな環境効果に鋭敏であることに着目して,炭素材料の新たな機能性を設計するという独創的な視野で広く研究を進め大きな成果を挙げていることから,同氏の業績は炭素材料学会学術賞に値する。

研究奨励賞

「昇温脱離法による炭素エッジサイトの分析」
石井孝文 氏(群馬大学理工学府 元素科学国際教育研究センター 助教) 

 石井孝文氏は,これまで炭素材料の表面化学に関する研究において優れた成果をあげている。特に,石炭表面化学の理解をする上で必要不可欠となる炭素エッジサイトの精密分析技術の開拓は特筆に値する。石井氏が開発した高温昇温脱離分析(H-TPD) 法は,黒鉛から活性炭等の多種多様な炭素材料に適用可能な唯一のエッジサイト分析技術である。同氏はこの分析技術を駆使することで,種々の炭素材料のエッジサイトの状態解析を行い,その炭素材料の諸特性(リチウムイオン二次電池特性をはじめ,キャパシタ特性,触媒特性,吸着特性,半導体特性)に対する分子レベルからの理解に関して新たな知見を多数報告している。このように同氏は炭素エッジサイトを基軸とした分野横断的な研究を進めている。同氏は,エッジサイトの重水素標識とH-TPD で観測されるH2 離脱スペクトルの速度論解析によって,炭素構造内におけるエッジサイトの空間分布を明らかにした。また,H-TPD 法から求めたエッジサイトの量から炭素の分子レベルの構造を評価できること,さらに黒鉛のように巨大な網面をもつ構造であってもこの方法が適用可能であることを示した。 以上のように,同氏のH-TPD をベースとした研究により,エッジサイトの分析と理解,さらには炭素構造やその性能の分子レベルからの理解が飛躍的に進展した。同氏は,これらの成果を多くの国際学術誌に論文として報告し,招待・依頼講演も多数行っている。炭素エッジサイトの分析,炭素の分子レベルの構造とその性能の理解において優れた成果をあげた同氏の業績は炭素材料学会研究奨励賞に値する。

研究奨励賞

「カーボンナノチューブを基盤とする高性能熱電変換材料の開発」
野々口斐之 氏(京都工芸繊維大学 材料化学系 講師) 

 野々口斐之氏はこれまでカーボンナノチューブを基盤とする熱電変換材料の開発に取り組んできた。代表的な成果には,実用レベルのカーボンナノチューブのn型ドーピング法の開発とフレキシブル熱電モジュールが挙げられる。ここでは炭素材料のドープ状態を分子論的に捉え,『硬い・軟らかい酸塩基則』の概念を取り入れることで,従来不安定とされたn型カーボンナノチューブの大気下,高温での長時間駆動を実現した。この技術的ブレイクスルーは熱電変換材料の開発に限定されず,有機半導体や半導体ナノワイヤ・ナノシートなど様々な低次元材料の安定ドーピングの実現につながった。また分子間相互作用の理解に基づきカーボンナノチューブ膜の構造制御にも取り組み,熱電変換特性にみられる構造物性相関の解明につなげた。以上の研究は物理空間とサイバー空間が連動する未来社会(Society5.0) に向けた環境発電技術の開発と普及に大きく貢献した。基礎科学の観点からは,超分子化学のエッセンスを導入することで各要素技術が実現されており,このこ とは炭素材料の化学修飾の概念を飛躍的に拡張するものである。

論文賞

「Adsorption properties of templated nanoporous carbons comprising 1-2 graphene layers」
Hirotomo Nishiharaa), b), Hong-Wei Zhaoc), Kazuya Kanamarub), Keita Nomurab), Mao Ohwadaa), Masashi Itoa), d),Li-Xiang Lic), Bai-Gang Anc), Toshihide Horikawae) and Takashi Kyotanib)
(Carbon Reports Vol.1, No. 3 pp.123-135に掲載)
a) Advanced Institute for Materials Research, Tohoku University
b) Institute of Multidisciplinary Research for Advanced Materials, Tohoku University
c) School of Chemical Engineering, University of Science and Technology Liaoning
d) Advanced Materials and Processing Laboratory, Research Division, Nissan Motor Co., Ltd.
e) Graduate School of Technology, Industrial and Social Sciences, University of Tokushima

 本論文は,1ないし2層のグラフェンシートからなるナノ多孔性カーボン類の蒸気吸着特性について包括的かつ精細に調査し,ナノ多孔性カーボン体の表面構造と吸着質との相互作用を系統的に検討した研究成果である。
 近年,多孔性カーボンの調製法の多様化と発展により,非常に高い比表面積をもつ様々なカーボンが調製可能となっている。とりわけ,グラフェンシート構造に着目した場合,zeolite-templated carbon (ZTC) ではグラフェンシートのedge サイトが数多く細孔表面に露出しているのに対し,mesoporous carbon sponge (CMS) ではedge サイトの露出が少なく,さらにgraphene mesosponge (GMC)ではほぼedge 面の露出がない構造をもつ。このようなナノ多孔性カーボンの表面構造の差異は水蒸気吸着で顕著に現れることが明らかにされた。さらに有機蒸気の吸着では典型的な物理吸着機構に従うものの,グラフェン系多孔性カーボンでは吸着に誘起される構造の膨張が起こることが見出された。このように細孔表面の構造が理想的に均質化された炭素材料では,表面張力とモル体積との積が有機蒸気の吸着の起こりやすさの指標となることが提案されている。またZTC へのヘキサンの吸着等温線形状に温度依存性がほとんど見られないことから,力誘起相転移に基づく新しいヒートポンプシステムの可能性が示された。 以上のように本論文は,精密な測定と深い議論が行われており論文としての完成度が高いことに加え,学術・技術的貢献度が顕著であると認められたことから,炭素材料学会論文賞としてふさわしいものと判断される。

炭素材料学会年会ポスター賞・学生優秀口頭発表賞表彰

 炭素材料学会では,2004 年(第31 回)年会より年会ポスター賞を設けています。また,2019 年(第46 回)より学生優秀口頭発表賞も新たに設けました。2022 年(第49 回)年会では学生諸君が発表したポスターおよび口頭発表を対象として,独創性・新規性,学術・技術的貢献度,発表者の理解度,ポスターとしての完成度(論理展開の妥当性・読みやすさ・表現の工夫度)あるいは口頭発表スライドの完成度(論理展開の妥当性・見やすさ・表現の工夫度)などの項目について評価し,ポスター賞9 件,優秀口頭発表賞4 件を選考しました。 ここに会員の皆様にお知らせいたします。

【ポスター賞】
吉田和紘
京都工芸繊維大学大学院 工芸科学研究科 材料創製化学 ナノ物性化学研究室
「n 型半導体性カーボンナノチューブの大気安定性」

太田頼斗
中央大学 理工学部 電気電子情報通信工学科 河野行雄研究室
「光熱起電力型カーボンナノチューブ撮像素子アレイによる広帯域多波長CT計測」

李 新鈺
大阪大学大学院 基礎工学研究科 物質創成専攻 西山研究室
「無機塩添加無溶媒法におけるメソポーラスカーボンの細孔構造制御」

鈴木崚伸
千葉大学大学院 融合理工学府 先進理化学専攻 資源反応工学研究室
「1,10-Phenanthroline骨格を制御した炭素材料の合成」

石井美帆
群馬大学大学院 理工学府 理工学専攻 環境創生理工学教育プログラム 尾崎研究室
「ポリマーの炭素化過程に及ぼす雰囲気ガス種の影響」

宮本 樹
兵庫県立大学院 工学研究科 応用物理化学専攻 松尾研究室
「グラフェンライクグラファイトのビス(フルオロスルホロニル)アミドアニオンの挿入脱離特性の評価」

森田蒼生
群馬大学大学院 理工学府 理工学専攻 環境創生理工学教育プログラム 尾崎研究室
「高温高圧下における燃料電池カソード触媒の電気化学的評価」

千田晃生
東北大学大学院 工学研究科 化学工学専攻 西原研究室
「Co およびCu ポルフィリンより得られる規則性カーボンアロイの電気化学的活性評価」

﨑間 輝
信州大学大学院 総合理工学研究科 理学専攻理科学分野 化学ユニット 物理化学分野飯山・二村研究室
「イオン液体による酸化グラフェン層間隔の精密制御」

【優秀口頭発表賞】
伊藤優汰
京都大学大学院 工学研究科 物質エネルギー化学専攻 安部研究室
「リチウム塩含有有機電解液におけるフッ化黒鉛電極の充放電挙動」

辻本尚大
京都大学大学院 工学研究科 物質エネルギー化学専攻 安部研究室
「難黒鉛化性炭素電極の界面ナトリウムイオン移動抵抗に対する電解液の影響」

上條由人
信州大学大学院 総合医理工学研究科 総合理工学専攻 酒井俊郎研究室
「真空高温アニーリング法による高純度単層カーボンナノチューブ自立膜の構造」

林田健志
筑波大学大学院 数理物質科学研究群 物性・分子工学学位サブプログラム 武安研究室
「窒素ドープカーボン触媒の酸素還元活性とpH 依存性」