2020年度学会賞

 2020年度の炭素材料学会学術賞、技術賞、研究奨励賞、論文賞の各賞は、 規定に基づき各選考委員会の厳正な審査により選出され、会長による評議員会への報告、評議員会の承認を経て、次のように決定されました。
 受賞者各位に対し、去る12月11日にオンライン開催の第47回通常総会にて表彰が行われました。
 会員の皆様にお知らせいたします。

技術賞

「活性炭素繊維(ACF)大気浄化技術の開発」
吉川正晃 氏 大阪ガス株式会社エネルギー技術研究所 課長

 吉川正晃氏は活性炭素繊維(ACF)を用いる環境浄化技術の開発に長年注力してきており,これまでに高度排煙処理触媒,ACF大気浄化ユニット,大気浄化機能付き吸音板などを製品化してきた。それらは,火力発電所,道路沿道などの大気汚染対策において実用化されており,様々な場面において環境改善に貢献している。成果の鍵は,自社製品であるACFに触媒機能を付与し,再生可能として長期間使用できるようにした点である。従来の活性炭などの吸着材では,汚染物質吸着により材料が飽和してしまうと浄化性能が無くなるため, 定期的な交換が必要である。そのためにコストが高くなり広範囲・大規模の実用に向かなかった。そこで吉川氏は,大学との共同研究を通じて,ACFの細孔構造の最適化,炭素表面酸素官能基の制御,NOxの吸着特性向上,それらを解析する分子動力学シミュレーションなどを行った結果,ACFに吸着したNOx をNO3?イオンへ酸化する触媒機能を付与することに成功し,簡易な水洗いによりNOx 浄化性能を再生することができるようにした。一方で繊維状のACFの触媒・フィルター形状などへの成型加工,実際のプラント,道路沿道へ設置するためのエンジニアリングも行っており,実際の現場でのフィールドテスト,実証試験にも携わってきた。国内では,火力発電所でのパイロットテストと実機性能評価,道路沿道でのACF大気浄化効果検証(大阪市国道43号,名古屋市国道23号など)に携わっており,海外では中国北京市でのACF大気浄化試験(清華大学との共同研究),インドネシア・ジャカルタでのACF大気浄化ユニット普及促進事業(独立行政法人国際協力機構の委託業務)などで開発技術の効果を実証している。
 以上のように,吉川氏が開発した技術は,炭素材料による大気浄化の効率の向上に大きく貢献し,その成果は国内だけでなく,国際的にも認められている。このことから,同氏の業績は炭素材料学会技術賞に値するものと判断される。

研究奨励賞

「溶液からのグラフェンの調製法に関する研究」
仁科勇太 氏 岡山大学異分野融合先端研究コア 研究教授

 仁科勇太氏は,2次元ナノカーボンとして様々な用途が期待されている酸化グラフェン(GO)について,その調製方法から検討を行い,得られたグラフェンの構造・物性に関わる基礎的な研究から応用にわたるまで活発に研究を遂行している。黒鉛の酸化に関する研究は150年以上もの歴史があり,その中でも過マンガン酸カリウムを酸化剤に用いるHummers法は,引用回数が2万回を超えるほど広く認知されている手法である。しかし,用いる酸化剤の量・反応時間・反応温度などが全く統一されておらず,それぞれ“ 独自のレシピ” で実施されていることから,得られるGOの構造や物性は様々で,極めて再現性が低いという問題があり,グラフェンへの還元,そしてそれを用いた応用を考えた場合には大きな障害となっている。
 黒鉛の酸化過程を分析してそのメカニズムを解明することができれば,これらの問題の多くは解決できる。溶液中での黒鉛の酸化過程は,従来のin situ測定法を適用できないため,仁科氏は放射光施設を利用する新たな分析手法を提案した。in situ XRDにより黒鉛の層間距離がインターカレーションにより増大後,構造が乱雑化する過程を観察し,酸化剤の過マンガン酸カリウムが還元される過程をin situ XAFSで観察することに成功した。その結果,黒鉛の層間は1分程度で拡大し,その後30分かけて乱雑化すること,さらにマンガンの還元は120分で完結し,GOを得るために必要な過マンガン酸カリウムの量は黒鉛の3重量倍であることを見いだした。これらの知見はGO製造の効率化などのために,多くの研究者に活用されている。仁科氏の成果は,これまでのGOの合成方法の常識を覆すものであり,調製条件を選ぶことで例えば酸化のほとんどないグラフェンを得ることを可能とし,2次元ナノカーボンの研究に大きな影響を与えている。一方でグラフェンを触媒や蓄電デバイスの電極への適用を試み,歯科や医療応用にも用途展開を図っている。
 以上のように,仁科勇太氏はグラフェンの調製とその構造・物性の検討から,グラフェンの量産化に関する研究において大きな成果を上げており,今後も炭素材料分野での一層の活躍が期待される。このことから,同氏の業績は炭素材料学会研究奨励賞に値するものと判断される。

論文賞

「アセチレンブラックの高温液相酸化処理と金コロイド粒子のヘテロ凝集を利用した酸性官能基評価法の検討」
平井和彦a),池田紗織a),森河和雄a),峯 英一b)

a)(地独)東京都立産業技術研究センター本部
b)(地独)東京都立産業技術研究センター多摩テクノプラザ

 炭素材料の表面官能基は,表面特性に大きく影響を与える要素の一つであり,その導入法の効率化と定量法の確立は材料開発の上で極めて重要である。官能基の導入には,種々の酸化法が知られているが,均一性や処理時間等の点で一長一短がある。一方,表面官能基の分析に関してもXPS,FT-IR,Boehm滴定等多くの手法が利用されているが,定量性,分析に要する時間や操作の煩雑さにおいて同様の問題がある。このため,より簡便かつ迅速な導入法と分析手法の確立は,炭素材料の改質や製品管理等の分野に大きく貢献する。
 本論文の著者らは,炭素表面へカルボキシ基を導入する手法として,マイクロ波加熱によるオートクレーブ中での高温液相処理を提案し,従来の液相酸化よりも大幅な処理時間の短縮を実現した。一方,炭素表面のカルボキシ基の分析法としては,金コロイド粒子分散液に炭素試料を入れ,撹拌濾過した溶液の色によって,定量する方法を提案している。著者らは金コロイド粒子と炭素表面との相互作用を精査し,カルボキシ基が存在すると炭素表面のゼータ電位が負に遷移して,炭素表面と金コロイド粒子の間の静電的相互作用が反発する方向に変化するため,金コロイド粒子の分散凝集様式が変化することを明らかにした。これにより,金コロイド粒子の炭素表面への吸着量はカルボキシ基の量と反比例することになり,定量が可能となることを見いだしている。
 本研究は,炭素表面官能基の新規な導入方法を提案するとともに,炭素表面官能基の簡便な分析手法を提案し,緻密な検証をもとに,その分析原理の解明にまで研究を進展させており,工業利用への展開が期待される。これらのことから,本論文は,その研究の新規性,完成度,炭素材料分析技術の発展への貢献度ともに顕著であると評価でき,炭素材料学会論文賞としてふさわしいものと判断される。

炭素材料学会年会学生優秀発表賞

 炭素材料学会では,2004年(第31回)年会より年会ポスター賞を設けています。また,2019年(第46回)より学生口頭発表賞も新たに設けました。2020年(第47回)年会ではオンライン開催のため,学生諸君が発表したオンデマンド発表を対象として,独創性・新規性,学術・技術的貢献度,発表者の理解度,オンデマンド発表としての完成度(論理展開の妥当性・分かりやすさ・表現の工夫度)などの項目について評価し,学生優秀発表賞8件を選考しました。ここに会員の皆様にお知らせいたします。

神戸 大
帝京科学大学大学院理工学研究科環境マテリアル専攻 山際研究室
「炭素繊維基材へのCNT 合成におけるナノジルコニア分散の効果」

山田一太
名古屋工業大学大学院工学研究科生命・応用化学専攻 川崎・石井研究室
「単層カーボンナノチューブに内包したニッケル錯体を前駆体とした電池電極材料の開発」

井上寛隆
岡山大学大学院自然科学研究科産業創成工学専攻 ナノデバイス・材料物性学研究室
「連続通電加熱による長尺カーボンナノチューブ紡績糸の高強度化」

小松原康平
岡山大学大学院自然科学研究科電子情報システム工学専攻 ナノデバイス・材料物性学研究室
「配向制御カーボンナノチューブシートを用いたフレキシブルスーパー キャパシタの性能評価」

髙木大地
群馬大学大学院理工学府理工学専攻環境創生教育プログラム 尾崎純一研究室
「カーボンブラックの水系電解液中における電気化学的酸化挙動の追跡」

田中孝祐
静岡大学大学院総合科学技術研究科工学専攻 井上研究室
「金属ナノ粒子担持CNT フォレストから作製したCNT/Cu複合材料の 開発」

木村大輔
東京工業大学物質理工学院材料系 材料コース 塩谷研究室
「小角X 線散乱を用いた炭素繊維のボイド解析におけるボイドの長さ 分布を考慮した解析法の検討」

花里 謙
群馬大学大学院理工学府物質・生命理工学教育プログラム 炭素材料電極化学研究室
「シームレス活性炭電極を用いたEDLC の小角X線散乱による劣化 過程追跡」